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徒然雑記・散歩その14

内容を特に限定しない雑文などを書いていきたいと思います。更新は不定期ですが、よろしくお願いします。

建物探訪

 特に意味はないのですが、HDDの中身を整理していたところ、個人的に思い出深い建物の写真が出てきましたので、その一部を載せます。



































(2010年10月07日)

ジョン・レノンミュージアム(John Lennon Museum)

 ジョン・レノンミュージアムが9月末日をもって閉館すると聞いたので、急いで行ってきました。埼京線や東北新幹線からいつも埼玉スーパーアリーナが見え、いつでも行けると思っていたのですが、結局行ったのは閉館間際になってしまいました。



 さいたま新都心駅です。商業施設が駅近くにできたせいか、昔と比べ人通りが段違いに多くなったように思います。しかし、こういう商業施設ばっかり作っていて、出来た当初は人が多く集まっても、十年後に果たして生き残っているのかという儚さを感じます。東京や首都圏の郊外や都心にかかわらず、複合的商業施設が多く作られ過ぎているように思います。



 埼玉スーパーアリーナです。



 ジョン・レノンミュージアム前に飾ってあったジョンレノンの肖像です。





 閉館が近いためか、来館者が多くいたように思います。もう少し早く来て、ゆっくり観るべきだったと思いました。60歳くらいの年代が多かったのですが、若い世代など、他の世代も少ないながらまんべんなくいたように思います。影響を与えたアーティスト、ミュージシャンは、世代を超えて愛されるものだと感じます。

 美術館を観て回って、ビートルズやジョンレノンのコアなファンを全く自認できない私には、難しい内容でした。しかし、ジョンレノンの子供の頃書いたという絵は、とても印象に残りました。とてもうまいものでした。オノヨーコがそうであるように、ジョンレノンも、音楽家、芸術家をもとおり超して、宗教家といった貫禄さえ感じられました。

 私は、ジョンレノンの有名な曲はだいたい聴いて皆それぞれ好きですが、その中で、マニアックかどうかわかりませんが、working class hiroという曲が好きです。ジョンレノンは労働者階級ではなかったのだと、その曲を聴いて何となく思い、この美術館で知りました。



 写真を撮って、家で見ていると、ジョンレノンの肖像の後ろに、Yoshii 9が置かれているのに気がつきました。広いホールを朗々とビートルズの音楽を鳴らしていて、幕の後ろの壁際に設置されているのにも関わらず、良質なアンビエントだったと記憶しています。

 日本でも世界でも、このような音楽家は出てくるのでしょうか。大手資本のCDショップすらどんどん閉店して行っています。流行はすぐに過ぎ去り、難しい商業主義と音楽家の想いの狭間で、これら過去の巨人達を超える音楽家に登場してもらいたいですし、魂のこもった音楽を聴きたいといつも思っています。

 実はもう既に登場していて、私が聴いていないだけかも知れません。


(2010年10月07日)

東日本大震災

 平成23年3月11日午後、東日本大震災が起こりました。今まで都合4回ほど震度6の地震を体感してきた私ですが、今回の地震は、初めて震度6の地震時の恐怖を上回りました。今回は、職場で震度7か6強の震度でした。激しい揺れは長く続き、思わず柱の多い場所へ移動しました。建物が倒壊するかと思いました。地震からまもなく完全に停電しました。夕方になった電気の消えた職場で街を見ると、真っ暗で車のライトだけが光っていました。

 信号も消え、真っ暗でゴーストタウンのような街を帰宅しました。途中道路に段差や地割れが起きており、あまりの段差に渡れない橋もありました。水道も止まっていました。そもそもテレビを持っていない私ですが、何しろ停電でテレビも見られず、携帯も繋がらず、電池で動くラジオだけが唯一の情報源でした。

 震災地にいながら、全然周りのことが分からず、ラジオからは津波や地震のことが繰り返し流れていました。しかし、家屋の倒壊はほとんど見かけなかったので、どこか楽観的にも考えていました。非常用のペンライトで自室を見ると、オーディオ機器がラックからすっ飛んでいたり、かろうじてケーブルでつり下がった状態になっていたりしていました。みな壊れていることは覚悟していました。

 次の日、非常用電源設備のある場所でテレビを見ました。津波が、仙台の平野と三陸海岸を襲う映像が何度も繰り返されていました。そして炎で街や沿岸のタンクが燃える映像も見ました。地震の揺れの割に、倒壊した家屋が少なかったことによる楽観的な気持ちは一気に吹き飛びました。何度も繰り返される現実の映像に気分が悪くなりました。その後心が麻痺したように思います。ラジオからは延々と被災関連のニュースが流れ、たまにかかる音楽も、ジョン・レノンやマイケル・ジャクソンなど、Love and Peaceといったような曲ばかりでした。

 年末年始Lost and Foundでジャズを聴いていた頃、仙台や一関でジャズを聴いていた頃。あたり前のような日常が、とても昔の事だったように思え、懐かしく感じました。

 大震災によって、東北地方のほぼ全域が停電していた夜、哀しいくらいに星空が綺麗でした。朝には変わらず、スズメが軒先で羽根を休めていました。人間以外には変わらない日常があるようです。私は、津波に襲われることもなく、原発事故による放射線漏洩で避難する必要もありませんでした。店には商品が無く、ガソリンと灯油が手に入らず、停電と断水していたこと以外は、随分恵まれた環境だったと思います。食糧と飲料水は最小限度備蓄していたので、避難所へ行かなくとも凌ぐことができました。しかし、この飽食の日本で「飢え」という状態になるとは思いもしませんでした。

 これを機にオーディオは、修理不能なモノ、修理オーバーホールできるモノは直した後、最小限のを残して外はみな処分しようと思っています。オーディオも何もかも全てやり直しです。しかし、やり直しができるだけ、ありがたい状況です。




(2011年04月04日)

最大余震

 平成23年4月7日深夜、最大震度の余震が起こりました。私の住んでいる所は震度6強でした。深夜で就寝中だったので、揺れた瞬間何が起きたのか理解できませんでした。ただ、ラックの上に置き直したSACDプレーヤーのSCD-1が飛びはねながら回転して、枕元の近くに落ち、パソコンラックがiMacや周辺機器ごと、凄まじく揺れながら移動していたのが目に焼き付いています。その後すぐに停電となりました。本震よりも、時間は短くとも揺れたのではないかと思います。

 パソコンは粘着ゲルを貼り付けていたので無事でした。オーディオは・・・、何も確認していません。ハードディスクの中身のデータや、思い出が無事だったのが救いです。ほとんどの被災者が一番に探すモノは、お金ではなく、写真や形見などの思い出です。津波で街が壊滅してしまった沿岸地域では、今でも瓦礫から思い出を必死で探している人々がたくさんいます。私もオーディオも一番長い付き合いのスタックスのSR-303が壊れたていたら、撮りためていた過去の写真データが失われていたら、心が折れたかもしれません。他は、前回も書いたとおり、やり直しです。

 普通の街並みなどの写真は、そこに住んでいると当たり前で、撮らないものです。また、今回の津波で大部分が失われてしまったはずです。津波で壊滅してしまった街の写真をお持ちの方々が、街毎に写真をまとめてアップロードできるような仕組みを作れないものかと考えます。

 手持ちのすべてのオーディオを、修理してから中古屋さんで処分するのも大変そうです。修理費の方がかかる可能性が大きく、直しても中古屋さんで引き取ってももらえないかも知れません。かといって、粗大ゴミで捨ててしまうのも忍びなく、とてもできません。どうしようかと思います。

 今日で、地震発生から一ヶ月。仕事やら何やら悩みやらと、色々ありますが、とりあえず、高音質で小さくて軽い、そんなオーディオを早く再建したいと思っています。


(在りし日の宮城県気仙沼港)


(2011年04月11日)

停電時に活躍した電池式ラジオSONY ICZ-R50


 見たい番組がほとんど無いのでテレビを持っていない私ですが、さすがに今回の大震災の停電時には、外部からの情報の必要性に迫られました。何しろ、インターネットも携帯も使えない状況です。

 それで、このSONY ICZ-R50が大活躍しました。単三電池4本で使えます。停電が終わった今も、ACアダプターではなく、ニッケル水素電池のエネループで使っています。



 ところで、このラジオは内蔵メモリに録音ができます。録音品質はMP3/192kbpsですが、この製品としては十分でしょう。予約録音が出来るのでとても便利です。震災のため、ラジオを聴く生活をしばらく送っていたら、NHK-FMのジャズの番組なども録音しては聴くようになりました。エアチェックとはいつの時代の事でしょう。

 メモリーに録音したMP3はパソコンに転送してから聴きます。さすがにこのラジオのスピーカーでは「音楽を聴く」のにはつらいものがあります。パソコンに転送してTW-S7で鳴らすと聴けるようになります。



 広々とした屋外だと、クリアーな音で受信できるのですが、屋内だと、ロッドアンテナでは受信にノイズが入ります。アンテナの長さ、向き、角度、ラジオの置き場所、FM放送局の違い、昼夜の時間帯の違いでノイズの具合も変わります。このような携帯ラジオでも、少しでもノイズを少なくしようというオーディオマニアの性が出てくるので困ります。

 そして、安定した受信をさせるために、同軸ケーブルとワニクリップでつくったのか下の写真のケーブルです。



 FMの良好な受信のため、同軸ケーブルの芯線とワニクリップを繋いでハンダ付けし、熱収縮チューブで覆っただけのシロモノです。しかし、これでもやはり時間帯によって、ノイズの量が変わって来ます。

 アパートの共同アンテナと、同軸ケーブルの芯線をワニクリップでラジオのアンテナに繋ぐだけです。NHK-FMの背景ノイズは多めですが、これでも、ロッドアンテナよりは安定した音質で受信できるようになりました。



 今、据え置き型の高音質チューナーは絶滅寸前で、予約録音できる機種はありません。音質にこだわるマニアは、昔の中古品を買い求める状況です。ロッドアンテナだけではなく、同軸入力を備え、手軽にメモリーカードに予約録音できるような、小型で高音質なチューナーが登場しないものかと思っています。

 ジャズトゥナイト、セッション、山下達郎サンデーソングブックなどは欠かさず愛聴するようになりました。山下達郎がこだわった音源を聴くのに相応しい録音チューナーが欲しいものです。


(2011年06月11日)


 昔の高音質チューナーをメンテナンスしながら大事に使っているFMマニアの方々には、この携帯ラジオの音質はお話にならない程度のモノかと思います。しかし、現在では高音質FMチューナーという現行製品が絶滅状態(アキュフェーズのチューナーは高額すぎます)なので、予約録音できる便利さもあって、大震災以降も使い続けています。

 録画機器のDVDやBlu RayのHDDレコーダーなどは簡単に予約録音できて、性能も向上し価格も下がっているのに対し、FMチューナー機器は逆に退化して不便になっているのが何とも悲しいところです。メモリーカードに予約録音できるような、高性能で洗練された設計と外装のチューナーが登場して欲しいと、切に願っています。

 それでも、限界は低いなりに、せめてヒスノイズやハムノイズのレベルを下げようと、色々と試してみました。付属のACアダプターとニッケル水素充電電池の電源で比較すると、明確に電池の方が良い音質でした。ACアダプターでは、明らかにハムノイズが乗ります。

 ロッドアンテナとアルミサッシの枠をワニクリップで繋いで、アースをしてみると、良くなったり逆に悪くなったりと、変化はありました。そして、概ね、アースすると午前中は良くなるものの、夜中は悪くなる傾向がありました。この原因が何であるのかは解りません。しかし、おそらく無線LANや何らかの電磁波が影響しているのではないかと予想しています。

 シールドされていないパソコンの電源タップのコードの近くに、チューナーを近づけると、盛大にハムノイズが乗ることも判りました。タップの先のパソコンやその周辺機器の電源を入れていなくとも、待機電力程度でもこんなにもノイズが乗るとは驚きでした。オーディオ用の電源コードで実験したら、少なくともノイズの大小は比較できると思います。

 結局、電池駆動でアースは取らないという方法に落ち着きました。これは他のオーディオ機器のノイズ低下と高音質化にも重ねられる事例かと思います。AC電源の質とアースの有無、コードの選定まで、やはり高性能の製品と最適な全体の関係性が必要なのだと感じました。


(2011年11月01日)

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