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徒然雑記・散歩その10

内容を特に限定しない雑文などを書いていきたいと思います。更新は不定期ですが、よろしくお願いします。

HOLA(ホーラ)



 壁掛け時計を手に入れました。名前はHOLA(ホーラ)と呼びます。HOLAとはラテン語で「時の女神」という意味だそうで、私の尊敬するデザイナー川崎和男先生がデザインした作品です。私が一番好きなホワイトを選びました。時間に関しては正確無比な電波置き時計があるのですが、どうしてもこの時計を手元に置いて、毎日見て過ごしたかったのです。この時計は、時計と正面で向き合わないと、今何時を指し示しているのか分かり難い時計です。この時計をかかげ、限られた刻と真摯に向き合って生きていきたいと思っています。

 しかし6畳一間暮らしの私。今のところ、この時計は部屋でかなり浮いた存在になっています。いつか、この時計に似合う部屋を作りたい。この時計が周りの内装や家具と調和した部屋に住みたい、という思いを抱いています。

Lemnos

 そして最近、自分の目が近眼になってきたと感じていたので、免許の更新に必要な視力が無いだろうという予測もあり、川崎先生がデザインしたメガネを身につけようと考えていたのですが、視力検査を受けたところ、何故か視力が回復してました。(笑)

 先生のデザインしたメガネを身につけるのは、まだ先のことになりそうです。というより視力の低下の原因になる業務用パソコンを、早く使う人に合わせて欲しいのですが、私の働いている職場では、働くひとの目や健康よりも、目先のコストや利潤が優先されてパソコンが選ばれてしまうようです。(笑)

Kazuo Kawasaki Ph.D

(2008年11月11日)

ジャズ喫茶エルビン(ELVIN)訪問(宮城県登米市佐沼)

ジャズ喫茶エルビン Jazz Spot Elvin
(CONTAX T3)

 久しぶりにジャズ喫茶エルビンへ行きました。この日は仙台で定禅寺ジャズフェスがあったのですが、いろいろと小用があり行けなかったのです。この日のエルビンは小音量、ケニー・ドーハムのQuiet Kennyのレコードが静かに鳴っています。

 静かなジャズのレコードが演奏される中、自分を振り返ります。なかなか計画通りに物事が進まないのが、人生や生きる道理です。それでも失敗の原因や、遅れる要因を一つ一つ学べるのは大きいことで、この過程は大事にしたいです。そして、結果なり成果なりを出さなければならないと思っています。そして人生や物事は、自分の計画したことや意図したことよりも、存外偶然に左右されてしまうものだと感じています。

 オーディオも人生も仕事もすべて、良い方向へ変わる偶然に巡り会いたいのですが、なかなかそう簡単にはいきません。幸運な偶然に出合うためにも、積み重ねと実力が重要なのだと思いました。

(2008年11月11日)

クラシック音楽と珈琲の店クライバー(kleiber)訪問(仙台市青葉区)

クラシック音楽と珈琲の店 クライバー Kleiber
(CONTAX T3)

 2008年10月上旬、久しぶりに仙台への出張があったので、仕事が終わってから、クライバーへ寄りました。定禅寺通の並木を、すっかり秋らしくすがすがしい風と太陽の陽が、これから紅葉していく樹の葉を照らしていました。深い緑の色と、陰になっている幹の黒い茶色が、強いコントラストを描いていました。

 クライバーがある地下への階段を降りて、扉を開けると、暖かい温もりが感じられました。ソナスファーベル(Sonus Faber)のクレモナ(Cremona)の音色は相変わらず、コクのある音を奏でていました。いつも自分で愛用しているVICTORのスピーカー、SX-500DEの音色が、とても軽く感じられました。かといって、クレモナが重い音というわけではありません。見た目も奏でられる音も、とても素晴らしいスピーカーです。

 パブロ・カザルス/鳥の歌 ホワイトハウスコンサートのCDで聴いたことのある曲がかかります。このCDはそれよりも新しいものの、音質からは最新のアルバムではないように聴き取れました。それでも、中域の密度感と、音楽を聴いていて感動するのに不足な要素は何もありませんでした。

 私個人の事を書かせてもらえば、今気力は、とても充実しています。自分やっているボランティア活動やら、趣味にも力を注ぐことができています。ところが、仕事にはそれを傾けられないでいます。仕事とは単に生きるための糧を得るためのもの。とだけ、私自身が割り切ることができないのは、なかなか辛いところです。

 美しい音楽を聴いて、仕事も人生も美しいものだけ見て過ごしていきたいのは山々ですが、大概そう簡単にいかないのが人生の道理だと思います。

 不完全な光が当たれば陰影ができ、その陰影で物事を見ることができるのであって、完全な闇の中でも、逆に完全な光の中でも、人はものを見ることができません。あらゆる大部分の人がそうであって、音楽を創る人、音楽を奏でる人も多分そうであるように、その陰影の中にも美しさがあると信じたいです。

 このクライバーへ来て音楽を聴いていると、いつも冷静になって、自分を見つめることができます。周りを見渡すと、このお店へくるお客も実に多彩で、学生とおぼしき人、英語の本を読みふけっている人、そして、音楽よりも音を聴いているのではないかという私。

 私はキリスト教徒ではありませんが、クラシックは思慮深くしてくれる音楽だと感じています。

(2008年11月11日)

仙台クラシックフェスティバル2008

 仙台で2008年10月11日(土)、12(日)、13(月)の3日間、仙台クラシックフェスティバルが開催されました。一公演45分の公演が、仙台市の各会場で様々な演奏家を集めて、ソロからオーケストラまでの公演が行われました。


(波多野睦美・つのだたかし/アルフォンシーナと海)

 私は、福田進一先生のコンサートなど、どうしても観たい公演があり、さらに3日間とも観にいってクラシック三昧の日々を過ごしたかったのです。しかし、福田先生や私が観たいと思った公演のチケットは軒並み売り切れで、また自由に過ごせる休日も、1日しか日程が取れなかったので、11日に集中して公演を観に行って来ました。それでも、私の愛聴盤となっている「アルフォンシーナと海」など、いつか生で演奏を聴いてみたいと思っていた波多野睦美先生とつのだたかし先生のコンサートを観られたことは幸運でした。



 当日は仙台駅に着くと、仙台駅市営地下鉄の一日乗車券を買い求め、地下鉄沿線にある、リサイタルやコンサートが開かれる、会場を回りました。運賃そのものは高いですが、一日乗り降り自由で600円は、安いと思います。

仙台市営地下鉄 一日乗車券

1.タン・シヤオタン(p)/仙台市太白区文化センター(10:30〜11:15)

 最初に、太白区の文化センターのホールでリサイタルを観ました。しかし仙台市は100万都市とはいえ、各所にコンサートができる文化センターを作り、やや自治体の規模に対して、ホールの数が過剰ではないかとすら思えるほどです。これは私の直感なので、実際の稼働率をみないと、これらのホールが有効に利用されているのかどうかは判りません。

 特に市と県、隣接する市町村と、みな立派なホールを独自に持っているのです。自治体ごとの枠組みを超えたホールや文化施設の建設はできないものなのでしょうか。同じようなところに県立と市立の美術館やホールがあったり、そしてある地域では無かったりするのはどうも無駄なような気がします。

仙台太白区文化センター

 リサイタルとは関係の無いことを書いてしまいました。ホールに入ると多目的用に作られているためか、デッドな空間であることが分かりました。手を叩いても、ビーンと後を引く響きは出てきません。残響時間や定常波の発生、空間の周波数特性など綿密に練られて設計されているとは思うのですが、音楽に最適かどうかを考えると、やはり多目的ホールの限界が出ているようにも思えました。私個人の主観では、もう少し響きの豊かなホールの方が、音楽の演奏会には相応しいと考えています。

 そして、リサイタルの主人公が現れました。白い特徴的なメガネをした若くてスマートな青年に見えました。べートーベンの曲が弾かれ、ピアノは黒く光り輝くSTEINWAY SONSからの音色が、空間に広がっていきました。ここの空間で奏でられるはピアノの音には、確かに音像というものが確認できました。しかしこのピアノの音像を広大な音場の中に定位させるソースなりオーディオというものは、極めて困難であろうと思います。広いオーディオルームで、ゴトーやエールのオールホーンシステムだと、ピアノの音像が現れるのでしょうか。

仙台太白区文化センター

 ということで、音楽を聴かずに音を聴いてしまうオーディオマニアの悪い癖がでてしまっていました。ついでに、曲の最期の消え入る余韻と、ペダルをふっと離して無音になっていくこのような音の表現は、オーディオの特にLPレコードやCDのソースでは難しい表現だと思いました。

 オーディオマニアの性を抑え込み(笑)、音楽をとにかく視覚と聴覚、そして触覚を総動員して集中していきます。ジャズの音やメロディー、強烈なリズムに圧倒されるライヴとは、クラシックのコンサートは異なった観賞です。狂喜や狂気に圧倒されるのではなく、深い曲から光を見つけに行くような感じでした。

 最後には、お決まりのアンコールを一曲弾いてもらって終了です。演奏者には、これから気分が乗ってくるという時に終わりというこのリサイタル。演奏者にはすこし酷なような気もしますが、クラシックのさわりを聴きたい私のような初心者には、集中力が続くちょうど良い時間だと思いました。

2.波多野睦美(Ms)・つのだたかし(19世紀ギター)/イズミティ21(12:15〜13:30)

 波多野睦美先生とつのだたかし先生のコンサートです。深い緑に見え、ライトがあたるとうぐいす色に光り輝くドレスをお召しになって、波多野先生は登場されました。つのだ先生はというと、演奏家、音楽家というよりも、芸術家や職人といった風貌でした。右につのだ先生が、左に波多野先生が座りコンサートが始まりました。

 美しい。そしてなんとも表現できない静かな悲しみが伝わって来る音楽でした。波多野先生自身、曲の解説で、深い闇、死、眠りという言葉を使って曲の解説をして下さいました。波多野先生の、そして作曲や歌を作ったであろう人の世界がそのまま歌に表れていると感じました。

泉文化創造センター イズミティ21

 2曲目を聴いているときに、私はふと涙が出てしまいました。川崎和男先生の著書によると、悲しみや心の痛みが発露したものが涙というのだそうです。逆に嬉しい感激の涙もあるはずですが、その時の私の涙は何の涙だろうと、後になって考えても解りません。日頃、つとめて冷静を装うようにしている私ですが、感性がまだ自分の中に残っているのだと思いたいものです。

 小ホールにPAを通さない波多野先生の声と、19世紀ギターの調べが広がります。とても単純で、それでいて深く、心に響く音楽でした。決して大きな音は出ないギターと、声量が大きいわけではない波多野先生の歌声ですが、ホールの後ろの方に座っている私まで何の不足もなく届いてきました。

3.波多野睦美(Ms)・つのだたかし(19世紀ギター)/イズミティ21(14:30〜15:15)

 引き続いて、波多野先生とつのだ先生のコンサートです。ファンなので続けて観てしまいました。こちらのコンサートは、「アルフォンシーナと海」というアルバムからの曲が中心で、こちらもどうしても観ておきたかったのです。先ほどと同じ深い緑のドレスに身を包んだ先生と、職人の様な出で立ちのつのだ先生のコンサートに魅了され、深い味わいを感じることができました。

 コンサート終了後、CD販売コーナーへ行くと、波多野先生とつのだ先生のサイン会をやっているではありませんか。なんということか!まさか波多野先生が気軽にサインに応じることなど、事前に全く予想していなかったので、自分の愛聴盤を持ってきていなかったのでした。無念とはこの時の事をいいます。その場でCDを買ってサインしてもらう事もできたのですが、私は「アルフォンシーナと海」にサインが欲しかったのです。そして、波多野先生とつのだ先生と一緒に写真撮影までしているファンの方々までいる始末。うらやましいと感じつつ、来年こそは愛聴盤を持ってきてサインをしてもらい、一緒に写真に写るぞ、と心に誓いました。果たしてこの願いは叶うでしょうか。

4.坂本朱(Ms)・多田聡子(p)/仙台市青年文化センター/仙台市青年文化センター(17:30〜18:15)

 会場をイズミティ21から仙台市青年文化センターへ移して、さらにクラシック鑑賞です。メゾソプラノの坂本朱さんのコンサートでした。会場は自由席でしたが、なんと、席が1/5も埋まっていない感じです。しかし登場するやいなや、全身と顔の表情、歌声、全てを使ってオペラを題材にした曲を歌っていきました。客が少ないからといって、手抜きはまったく無いようです。ここらへんはさすがプロ中のプロといったところでしょうか。

 すこし昔、「虎舞竜」というグループがあり、「ロード」という曲ががヒットを飛ばしました。そして、しばらく経ったあと、故郷の会館へ凱旋ライヴをしたそうです。ところが、一発屋?だったせいなのか、観客が埋まらず空いていたそうです。ここで虎舞竜のメンバーは、不平不満を観客にぶつけ文句を言い始めたと、友人から聞いたことがあります。これは虎舞竜と同じ故郷の友人に聞いた話です。なんたることでしょうか。確かに故郷に戻って、喜び勇んでライヴをしようとしたら観客が全然居ないのでは、演奏者としてとても悲しいものでしょうが・・・。しかしロードのボーカル、高橋ジョージは当時16歳の三船俊郎の娘さんをお嫁さんとして貰ったというのですから・・・。いやはや。と、これもクラシックとは関係無いことです。

 ということで、ここでもメゾソプラノの歌声を存分に聴きました。やはり素人のカラオケレベルとは声量、声質、発音、音程、全く比べものになりません。ただ、この日は喉の調子がやや悪かったのか、低域で少し声質をコントロールできていないところも見受けられました。このように、油断しているとオーディオマニアの聴き方になってしまうのが悲しいところです。

 クラシックの声楽と比べるのは失礼極まりないところですが、一般の素人のカラオケでも、高域のサビ以外で聴かせることのできる人ってなかなかいません。これは素人に限らず、CDを出しているプロの一応ポピュラーソング歌手の多くの方々にもあてはまることだと思います。

仙台市青年文化センター

5.せんくら四季合奏団(室内楽)・漆原啓子(vl)(19:30〜20:15)

 最後に漆原啓子さんをバイオリンのソリストにむかえて、せんくら四季合奏団が、ヴィバルディの四季を演奏するのをききました。とても広いホールで、壁面はコンクリートでできておりライブ感がちょうど良い感じでした。

 コンサートが始まる前でしたが、観客が入ってもチェンバロの調律師の方が、ずっと調律していました。わずか半音を20段階にも分けて聴ける音感、そして、倍音や音色、質感をも確かめながら進められる調律作業。凡人の私には到底理解できない世界です。こういう調律師の方々や音楽家が、自宅でどのようなオーディオを使っているのかについて、非常に興味があります。

 そして、演奏が始まると聴き入ってしまいました。大分演台から遠い席でしたが、バイオリンの音色はきっちりときこえました。きつい音でも耳に痛い音でもありません。多分私の席では直接音より間接音の割合の方が高いと思われますが、各楽器の音色の実在感とホールの豊かな響きを伴った音色は、オーディオのそれとは比べものにならないものでした。

 集中して身を乗り出して聴いても、客席と演奏者の距離が縮まるはずもありませんが、どうしても身を乗り出してしまいました。私のオーディオでは、どうもオーディオで聴くバイオリンの音色はきつく再生されてしまうので、実際のバイオリンの優しいとまでは言えないものの豊かな音色と音を、もっと近くで聴きたいと思いました。

 そして45分のコンサートはあっという間に過ぎ去ってしまったのでした。来年もまた来よう。他にもコンサートがあれば行ってみたい。オーケストラも聴いてみたい。と、非常に自分の財布と相談すると、悩ましい欲がさらに出てきてしまいました。

(2008年11月11日)

村治佳織ギターリサイタル


(CONTAX T3)

 2008年11月下旬、宮城県登米市で村治佳織さんのギターリサイタルが催されたので、観に行って来ました。私はギターの音楽は大好きですし、村治佳織さんも大好きなのです。年齢も私と近いですし。(笑) VICTOR時代のいくつかのアルバムは、私の愛聴盤になっています。


(CONTAX T3)

 ということで、リサイタルが行われるところは地方の小さな町なので、チケットなど、直前になっても手に入るだろうと高をくくっていたら、甘すぎました。良い席は、ほとんど即日で売り切れてしまった様です。しかし何とか前売り券を手に入れることができました。地方の町とはいえ、ホールは立派で大きく、果たしてギター一つだけで音量が足りるのか、それともPAを通すのかと、心配してリサイタル当日を迎えました。



 最近、村治佳織さんは欧州から帰国し、テレビに出る機会が多いそうですが、テレビを持っておらず、見てもいない私は、全くその事を知りませんでした。知人から教えられる始末です。このようなことでは、ファンを名乗るのもおこがましいですね。

 当日、雨の降る寒い夜に会場へ行くと、大分席が空いていました。当日券と前売り券の販売割合の計画が間違っていたようです。1/3くらいの席が空いていました。舞台には椅子が一つ置いてあり、その前には小さな指向性のマイクと、隣には富士通テンのTD712のスピーカーが置いてありました。やはりギター1本で会場に音量を届けるのには、スピーカーが必要なようです。しかしこのTD712マイクケーブルとスピーカーケーブルは、長く引き延ばされ舞台裏に通じており、マイクプリアンプとスピーカーアンプの種類は確認できませんでした。

 最初は新譜からということで、黒の服装に黒と白のチェックのスカート、そして黒いタイツの出で立ちで登場です。バッハの内省的で非常に静かな調べが、会場に広がりました。一音一音が愛おしく、ギターというのはこんなに優しい音が出るのだ、と感動してしまいました。優しい音。愛おしい音。静かな音。おおよそ、今まで自分がオーディオや友人のアコギで聴いてきたギターの音色とは、まったく違う音。静かな気持ちになりました。TD712で増幅するのはどうなのか?と最初は思いましたが、全く違和感が無く、改めて、タイムドメインの卵型スピーカーの威力を見せつけられたようです。

 休憩をはさんで、つぎはラテン系の曲に移りました。衣装もそれにあわせ黒のドレスに朱色の羽織を纏って、天は二物を与えるものだな、と思わされました。どちらかというと、私はVICTOR時代のCAVATINAなどが好きだったので、2幕目の方が良かったかな。ここら辺は、好みだと思います。優しい調べを聴いて2時間程楽しみ会場を後にしました。雨の降る夜の帰り道、車を運転しながら余韻に浸っていました。

(2008年12月18日)

ジャイアンリサイタルと絶対音感

 オーディオマニアで専ら聴くのが専門の私ですが、たまに歌は歌っています。年に3回ぐらい酒宴の席でやむなくカラオケを歌わされると、人からは「ジャイアンリサイタル」だ、「うるさい」だの言われていますが、確かにその通りなので申し開きができません。しかし友人の慶事の折には、楽器もできず他に芸も無い私は、贈れるのものは歌しかないので歌の練習をしています。

 それで、キーボードで伴奏してもらって、歌の練習をたまにしているのですが、贈りたいと思っている歌のキーが高いので、キーボードで1音半から2音下げた調に転調させて練習しています。たいていの男性ボーカリストはとても声が高いので、バス、バリトン?が地声の私には原曲の調だと高音が辛いのです。

 ところが伴奏してくれる人は、原曲だとすらすら伴奏してくれるのですが、転調して調を下げると、違和感を感じるらしく、伴奏が引っかかるのです。キーボードのトランスポーズ機能(転調機能)を使っているので、弾いている鍵盤は同じなのですが、原曲から転調させるとダメなようです。

 小さい頃にピアノや他の楽器などの練習をした人は、絶対音感が身についている場合があって、原曲の調からはずれたり、自分の弾いた鍵盤と違った音が出てくると違和感を感じるらしいです。絶対音感どころか相対音感すらマトモに持っていない私には想像できない世界です。

 ということで、歌の練習をしているのですが、声量や音域を改善することはできても、やはり基本的な持って生まれた声質は変えようが無く、練習に付き合ってもらっている人からは、「声量はありますね」と慰めの言葉をもらってます。(涙)

 どうしたら、尾崎豊さん、小田和正さん、佐藤竹善さん、桜井和寿さん、平井堅さん、藤原基央さん、森山直太朗さんの様な声が出るんでしょうか?たぶん素質の無い私に限らず、相当な実力を持った素人にも超えられないプロの壁というものがあって、中には天性の声質を持った人も、歌と音に気持ちや感情を込めて歌うということには、本物のプロとの間に高い壁があるのだと思っています。そして、どんな楽器でもそれは同じことだと思っています。

 私の場合は天性の声質は持ってないどころか本当に「ジャイアン状態」なので、どうやって挽回しようか思案中です。私の周りで慶事がしばらく無いというのが、もう既に私を含めてヤバイ状態だと思うのですが、それでも来るべきときには、中島みゆきさんの「糸」や、Mr.Childrenの「Hero」というような曲を、気持ちを込めて歌いたいと思っています。ジャニーズで、結婚式ではお決まりの「世界で一つだけの花」などは歌いたくありません。

 ところで、今のドラえもんは、声優さん達が世代交代したらしいので、ジャイアンの歌声も美しくなってしまったのではないかと想像しています。テレビを見ていないので、今のジャイアンの声がどんなだか分かりません。私のイメージでは、ジャイアンやドラえもん、のび太君、スネ夫の声は昔の声優さんのままなので、もう変えようがなく、新しいドラえもんを見ても違和感を感じて、とても見られないと思います。

 最後に、ドラえもんの中でジャイアンの歌声は「酷い」という設定になっていますが、実際ジャイアンの声優をされた方は、かなり歌は上手いと想像しています。下手なように芝居をする。声を自在に操り、声だけで役を演じる声優さん方は、歌を歌わせたら下手な流行歌手より絶対に上手いと思うのです。

(2008年12月18日)

小室哲哉氏の時代と私の世代

 小室哲哉音楽プロデューサーが逮捕されました。私は小室哲哉氏の作った音楽の黄金時代を過ごしてきた世代でもあります。高校生や学生の頃やカラオケも大流行していた頃、小室哲哉氏の作った楽曲はどれも大ヒットして、シングルでも100万枚を超えるのが当たり前でした。小室哲哉氏のプロデュースしたtrf、安室奈美恵、華原朋美、鈴木あみ、globeなどなど、数えれば切りがありません。

 私個人は、小室ファミリーのファンではありませんでしたが、「僕らの七日間戦争」という映画で流れたTMNによる主題歌「Seven Days War」と、出演した宮沢りえには鮮烈な印象を覚えています。ちょっと話はそれますが、あの頃の宮沢りえは若かった。学校の美術の先生(女性のオバサン先生でした)が、あの篠山紀信先生による宮沢りえさんの写真集「サンタフェ」を図書室用にと学校で買ってくれ、みんなで観賞したことを覚えています。あの頃の宮沢りえと自分、そして今の彼女と自分を見つめると、随分年月が経ってしまったなと、切ない気持ちになります。

 私の当時の仲間の間では、カラオケでいかに極限の声を出せるか?という妙なことが流行っていて、ブルーハーツの歌手の様な完全トランス状態で絶叫する奴やら、声がでかすぎて、防音設備のカラオケボックスの隣りの客から苦情が来たりとかしていました。私も当時はXのTOSHIの超高音を、金切り声の絞った声で歌ったりしていました。みんな運動部で声を張り上げる体育会系の奴らばかりだったのと、授業や文化祭で合唱を熱心に取り組む学校だったので、喉は鍛えられていたのかも知れません。

 そして、変声期は過ぎたはずなのに、なぜか尾崎豊の原曲キーの1オクターブ上の音程で、かつ地声で歌えるソプラノの音域を持つ奴までいました。(もちろん男です)そいつはX(エックス)のギターを独学でコピーして、完全に弾きこなす奴でしたが、天性のソプラノの音域には彼自身納得いかなかったらしく、その後タバコを吸って声をからして、天性の音域を封印してしまったのです。私は残念でなりませんでした。しゃべる声は普通の男性の声でした。

 そして、「破滅に向かって」というビデオを出していたX(エックス)や尾崎豊、ニルヴァーナやパールジャムなど、本物のロックを聴き続けるというのは重要でしたが、何せ、みな"重い"のです。エックスはそれを有言実行し、HIDEの自殺やTOSHIの洗脳解散と、実際に破滅に向かっていきましたし。尾崎豊は亡くなられ。ニルヴァーナやパールジャムもそれぞれメンバーを失っています。そういうアーティストの創った重い曲ばかり聴いていたのでは、頭の中で釣り合いが取れなくなるので、無意識的にお気楽な音楽も聴いていたのだと思います。

 その私の中で、お気楽な音楽の一つが小室哲哉氏プロデュースの「華原朋美」や「鈴木あみ」などでした。いかにもB級、C級アイドル的で、歌も上手いとも下手とも意味不明な歌い方で、音程をわざとずらしているのか、ずれてしまっているのかよく分からない歌い廻し。そして不協和音をともなう、小室哲哉氏のハモりなど、肩のこらないお気楽な音楽でそれなりに楽しめました。

 しかし小室哲哉氏から分かれた後の華原朋美や鈴木あみも、かつての勢いを取り戻せず、そして本物へ向かうこともなく、歌に勢いが感じられなくなってしまったのは残念でなりません。

(2008年12月18日)

ホームその8その9その10その11その12