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BASIEの音5

ジャズ喫茶で、言わずと知れた、岩手県一関市にあるベイシー。全国から、新幹線や飛行機に乗ってまでも、ベイシーの音を、ジャズを聴きに行く人も多いという、まさに言ってみればジャズ喫茶の聖地。そのベイシーへの訪問記を、最初は「徒然雑記・散歩」に気楽に書こうと思っていたのですが、音を聴いて、これは気楽に書ける音ではないし、一回行っただけでは掴みきれない懐の深さというか、奥の深さを感じたので、別ページで書いてみることにしました。

第21回目訪問(2007年月中旬)



 店内に入るとJohn Coltrane/Settin' the Paceが鳴っていました。7月28日(土)19:00からJBL DD66000の試聴会が会費\5,000で行われるようです。気になる方は行ってみたらよろしいのではないでしょうか、このスピーカーを手に入れたいと考えておられる方なら、新幹線の切符など安いモノに感じるハズです。でもベイシーのシステムより良い音で鳴ってしまったらどうするのでしょうね。相当店主に自信がなければこういう試聴会はできないでしょう。



 TRENEING IN/JOHN COLTRANE WITH THE RED GARLAND TRIO。コルトレーンの命日の一日前ですがコルトレーンのレコードが続きます。ベースラインが良くきこえます。RED GARLANDらしいピアノトリオだけでも十分に楽しいですが、これにコルトレーンが加わると最高です。

 JOHN COLTRANE/GIANT STEPS。コルトレーンのテナーが炸裂している音です。テンポも速く、しっとりとした前野2枚のレコードに比べて勢いが良いです。

 ここで、ベイシーの音について書いてみたいと思います。何度も聴きにきて分かったことですが、ベイシーの音は独特の硬質感を感じさせます。この質感はROYCEのWest Minster Royalと比べても硬いもので、ROYCEへ行くと、タンノイとはこんなにも柔らかく繊細な表現をするモノかと思う程です。しかし、この硬質感を持った音のカタマリの周りに、その当時の匂いや空気感とうものが漂っていて、一緒に耳に届くのです。これだからベイシーの音は何度来ても新鮮に感じるのだと思います。そしてベイシーの大音量の中、JAZZ GIANTSの御仁達に会うには集中力と少しの想像力を要します。音が面で押し寄せ圧倒されるのですが、神経を研ぎ澄まし、耳をかたむけると、そこにいるという気配をスピーカーより前に感じ取ることができます。

 Tommy Flanagan/Red MItchell/Elvion Jones/Super Session。コルトレーンの命日前の前夜祭の様相だったので、他のレコードがかかって安心しました。

 Bags meets Wes/Milt jackson and Wes Mountgomery。素直に楽しくスィングできる曲です。

 ギターもののレコードが2枚続きました。A Night At The Vangurd/THE KENNY BUREEEL TRIO。これもベイシーでよく聴く一枚です。

 CANNONBALL & COLTRANE。これもベイシーでよく聴く一枚です。個人的な聴き所は1曲目(A面なのかB面なのか分からないが)のCANNONBALLとCOLTRANEの競演。それに続いていく強烈なアップテンポのドラムです。

 The Bill Evans Trio Live。Evansの陰りのあるピアノのタッチが一音一音聴き取れました。軽くピアノを弾いているようで、音からは、何かを探るような、何かを確かめるような演奏に聴こえました。

 ECHOES OF AN ERA/The Count Basie Years。BIG BANDが楽しいです。ウォーと叫びたくなる程の迫力と楽しさです。それが短い曲の中に凝縮され、この店で再現されています。悲しいかな私の持っているCount Basie OrchestraのCDにはこんな音入っていません。Esoteric P0+dCSのD/A Converter1なら再現出来るのでしょうか?いや出来ないと思います。どなたかMastering EngineerにはCount Basieの残された全ての音源を、最高の技でRemasteringし、SACDにして欲しい。本当にそう思いました。昔のレコードを持って、ベイシーの様に狂気のような調整の末でしかこの音がでないのでは、悲しいのです。

(2007年07月18日)

第22回目訪問(名も無き客)(2007年7月中旬)



 2007年7月17日、故JOHN COLTRANEの命日。

 14:00頃、ベイシーの店内に入るも、店内は菅原店主一人いるのみでした。しばらく席に座り、音を聴いているが、待てどもコーヒーが出てきません。代わりに出てきたのは、店主のしどろもどろな「今日は昼間やらないから、悪いけど出て行ってくれる。・・・昨日朝五時まで、・・・。」とかいう言葉で、こちらが解釈するには、ステレオサウンドか何かの原稿の〆切に間に合わせる作業をしていたか、音の調整をしていたかのどちらかなのですが、つまりそういうことで店主は疲労困憊しているから、今日の昼は店をできないので、私に出て行ってくれということなのです。多分。

 と言う訳で私は店を追い出されました。コルトレーンの命日で、その旨を店主自ら張り紙し、その日は休日でも無いので、私は仕事の休暇を何とか取って、時間を懸け、それなりの交通費を懸けてようやく来たのにもかかわらずでした。しかし、店主が「昼間はやらない。」というのでは仕方ありません。せっかく一関まで来たのですから、夜頃には店主の体調も回復してCOLTRANEを鳴らしてくれるのでは無いかなと思って、とりあえず、一関市街をぶらつくことにしました。

 一関駅前の喫茶タルtalへいったのですが(以前はジャズを流していたらしい。)、依然としてやっていないとのこと。一関に来るたび何度訪問しても、店を開けてなく、いいかげん頭に来ていたので(ベイシーとは全く別に)いつになったら、店を再開するのか店主に問いつめると、「これからは濃いコーヒーを炒れる・・・。」だのまったく意味不明な返答があったのです。駅前の一等地で、数ヶ月も店を休んでやっていける商売(特に喫茶店の場合)は、それは商いではなく、道楽だと思った私は、「ビル持ちか、土地持ちですか?」と問うと、賃料は払っていると店主は言うのです。それが本当なら、若輩の私からは大変失礼なのですが、彼はマヌケとしか言いようがありません。Art Pepperのmordan artのデカイジャケットが店内に飾られていますが、そんなモノは即刻はずしてもらいたいと思いました。JAZZ喫茶を舐めているとしか言いようがない。もう二度と行きません。タルへの階段を上る労力すら惜しい。

 渋くて音にコクのあるROYCEのタンノイでも聴いてみたいなと思うも、今日は定休日であることを思い出し、一関という街に時間をつぶせるところなどそうあるはずもないわけで、仕方なく帰ろうかなと思い、念のためベイシーへ電話してみたのでした。すると菅原店主が電話に出て、あっさりと「入れますよ。」との返答がありました。青天の霹靂とはこのことです。昼間は店をやらないのではなかったのでしょうか。急ぎベイシーへ直行しました。店を追い出されてから1時間程経過していました。

 ベイシーの店内に入るとCOLTRANEが鳴っていました。そして先客がおり、ウエイトレスの女性がお客にコーヒーを炒れているではありませんか。そこで私は直感しました。「さっきは、店主自らコーヒー炒れるのが面倒で、私を追い返したな。」と。ジャズ喫茶の店主が、コーヒーを炒れずにレコードに針を落とさなかったらいったい何者なんだと、普段冷静で我慢強い私も(笑)さすがに頭にきて、ウエイトレスにコーヒーを注文すると、店主の座っている丸テーブルへ歩いていき。「さっきは、昼間はやらないと菅原先生は仰ったではないですか。」と詰め寄ると、菅原店主は、いと面倒くさそうに「いろいろと、音の調子とかあるんだよー。」と私に向かって言い放たれてございました。この期に及んで、音のせいにするとは、なんと小さな男で、なんとつまらない男なのだと思った私は、席へもどりJOHN COLTRANEを聴くことに専念しました。

 これをご覧になっている奇特な方々は「たかがジャズ喫茶で何でそこまで。」、と思われる方もおられるかもしれませんが、真剣にジャズと向き合いたいとベイシーへ訪れたのにもかかわらず、店主から軽んじられていたことがひたすら哀しかったのと、私はベイシーへ少しの時間と交通費をかければ再訪できますが、ベイシーを訪れる方々の中には、それこそ一生に一回訪れる人も少なくないと思うのです。そんなとき、軽んじられ、店主の勝手な都合で店を追い返されては、そこに残るのは哀しい思い出だけです。ですから、あえて菅原店主に苦言を呈したという訳です。今となっては、かつて「聴く鏡」と「サウンド・オブ・ジャズ」を愛読し、菅原先生にサインまで頂いて喜んでいた自分が、甚だ空しく感じます。

 一応COLTRANEの日だったので、その感想も書いてみます。

 JOHN COLTRAN/Live at Village Vangurd。私の大好きなレコードですが、さっぱり面白くありません。スィングしません。ライブの拍手の音が、ホワイトノイズの様にうるさいです。

 DUKE ELINGTON & JOHN COLTRANEのレコードがかかります。まだ頭が熱くなっていたので、鎮めるにはちょうど良いかんじです。

 JOHN COLTRANE/GIANT STEP。音がデカイだけに聴こえます。

 Crescent/JOHN COLTRANE。音が暴れているように聴こえます。

 Interstellar Space/JOHN COLTRANE。ドラムが良い。荒ぶる日本海で今の自分の気持ちの様で良い。

 TRANEING IN/JOHN COLTRANE WITH THE RED GARLAND TRIO。先の曲を聴いた後では凡庸に聴こえてしまう。

 WORKIN' WITH THE MILES DAVIS QUINTET。マイルスのトランペットが聴けるとは思いもよらなかった。

 ole/COLTRANE。西洋的でない曲調が良い。

 ジャケットが完全に剥げていて不明/JOHN COLTRANE このジャケットを掲げる意味はなんだろうか?

 というような感じです。コーヒー一杯で3時間30分も居てしまいました。(笑)なにせ、コーヒーを飲み終わってもいつもはカップを下げにくるウエイトレスが来ないのです。わたしは下げに来たとき、次の注文を頼むのですが、店主と私のやりとりをウエイトレスに見られていたため危険人物と思われたのでしょうか。(笑)

 途中から、店内には店主の知り合いや友人らしき方々しか居なくなり、部外者は私だけになっていましたが、その方が良かったと思っています。なにせ音に緊張感がでますし。(笑)

 後一つ、残念だったのは、以前ベイシーでお会いした沖縄の方と再会の約束をしていたのですが、再会できなかった事。お忙しそうな方ですから無理もありませんが。このページをご覧になっていたら気になさらないでください。私はいたって元気です。

 最後に、今日の14:00にベイシーへ入っていったのが私でなくて、例えば菅野沖彦先生だった場合。はたして追い返すようなマネは菅原店主にできたでしょうか。こういうことが続くようでは、肩書きを”ジャズ喫茶ベイシー店主 菅原正二”から”自作JBLオーディオマニア 菅原正二”に改めて頂きたいと思います。帰り際、一杯\800のコーヒー代を菅原店主に支払う時も、菅原先生は無言でした。私は、「(コルトレーンを聴かせて頂いて)ありがとうございました。」と申し上げたのですけどね。

 今日は本当に残念な日でした。まぁ完全な人間なんて、いるはずないのですけど。

(2007年07月18日)

第23回目訪問(2007年10下旬)



 本当に久しぶりのベイシー訪問です。コルトレーンの命日以降訪問していないので、おおよそ3ヶ月という期間が空いてしまいました。ベイシーの扉を開けるのにも新鮮な緊張感と期待感がありました。そして中へ入ると記憶の通りの店内でした。

 そして音は・・・。記憶とは曖昧です。昔のベイシーの音の事などどうでもいいようにColtraneが気持ちよく鳴っていました。心に響くジャズでした。オーディオ的に書けば、高域と低域がカッチリとし、店主のそのStereo Sound誌に連載しているような自分像とは違った、ジャズと音に対しては生真面目過ぎる程の音色でした。ジャズとはこれ程までに凄まじいものなのかと、久しぶりに来てまた感動してしまいました。Swingせずにはいられない音なのです。

 振り返って、自分のオーディオではやはり悔しいかな物足りなさを再確認しました。自分のオーディオでは、しなやかさや優しさといった部分は感じさせるのですが、ベイシーの音ほどにジャズの根源へ近づくような音、混沌としていく音が全く出せていないと感じました。

 なぜジャズは、こうも心を捉えて離さないのでしょうか。POPS ROCK CLASSICSといろいろな音楽を聴いてきましたが、ジャズ程のものはないです。そしてジャズほどオーディオへの欲求へ駆り立てるものもないです。

 多分WilsonとかAvalon等、俗に言う”ハイエンド”なスピーカーというものがありますが、それを置いただけでは、いや調整に調整を重ねてもこのジャズ喫茶ベイシーのような音は絶対に出ないのではないだろうと思います。あのJBLのDD66000ですら、無理の様な気がします。

 やはりBASIEで聴けるJAZZというのは、BASIE以外では聴けないだろうと思うのです。菅原店主の徹底的なJAZZや音に対する主観がこの音を造り上げたのだと思います。私も見習いたい。

 もうニューヨークへ行こうが、世界中どこへ行こうが、生では絶対聴けない故ジャズ・ジャイアンツと出会える喫茶店が、この素晴らしい芸術を感じることが出来る場所が、日本にいつまでも存在していて欲しいと心から願っています。



 今年もカウント・ベイシー・オーケストラが日本にやってくる様です。しかし、八戸は遠い。もう少し近くで公演があればいきたいのですけど・・・。

(2007年11月30日)

第24回目訪問(2007年11中旬)



 扉を開けると、ANITAのレコードがかかっていました。前回聴いた時のニーナ・シモンでは、子音が強調され、ちょっと気になったのですが、今日のANITAの歌声は美しく厚みのある音で、子音も強調されることなく良い音だと思いました。針とカートリッジの調子は良いようです。

 続いて、FREDDY HUBBARD/SKAGLYのレコードがかかる。ジャケットを見ると、ベイシーでは珍しくジャケットが新しい。新しいジャズと録音だからでしょうか。いままで聴いてきたドラムとはひと味違うものを感じました。低域のドラムの締まりが良いのです。シンセや電子楽器の音ももの凄く良い感じです。

 そこで感じたのは、ジャズ喫茶ベイシーのシステムというのは、Hi-Fiな音。まさかジャズ喫茶ベイシーでこういう新しいレコードを聴けるとは思いませんでした。通常の再生状態において、スクラッチノイズもヒスノイズも全く聴こえません。やはりジャズ喫茶ベイシーは”ハイエンド”の音を軽く超えた上の表現をしていたのだと思いました。今までは古いレコードばかり聴いていてなかなか気付きませんでした。いつか通っているうちに88レーベルのCount Basie Orchestra/Basie is Backの様な新しいレコードを聴くことができるでしょうか。

 次はSONNY STITT/12。実に楽しいジャズです。身体を動かしたり踊りだしたくなります。ベイシーでジャズのレコードを聴いていると本当に時が経つのが早いです。心地よい時間はすぐに過ぎてしまうと、いつも思います。本当はもっと、飽きるほどジャズ喫茶ベイシーでジャズのレコードを聴いてみたいのですが、まず無理でしょう。

 日曜だというのに、このジャズ喫茶ベイシーへ居る客は、私一人と、丸テーブルに座る美人な方の2人だけです。なんか1人でジャズを聴くのは寂しいですし、なんか菅原店主に申しわけなく思ってしまうのは、私が小心者だからでしょう。非常に贅沢な時間を過ごしているとも言えるかも知れません。

 John Coltrane/Dakerのレコードがかかります。コルトレーンの吹くサックスの周りにまとわりつく空気の振動までもが、音となって伝わって来ます。やはり凄い人は、その音そのものが凄いものだと感じます。曲調とかリズムとか、旋律とかいうまえに一発の音で、私は参ってしまうのでした。

 ジャズ喫茶ベイシーは、凄い所だとあらためて思った次第です。

(2007年11月30日)

第25回目訪問(2008年2上旬)

ジャズ喫茶ベイシー

 一関市にあるジャズ喫茶ベイシーへ行きました。かれこれ前回の訪問から3ヶ月以上も経ってしまいました。店の前の駐車場には店主のキャデラックが止まっていました。店内に入ると、特等席を残してみな満席で、合い席しました。その後、合い席していた方が店を出られ、一番後ろの真ん中の席に移動しました。吹き抜けの下の席です。

 丸テーブルでは、店主は誰かと雑談されていました。聴き馴染んだMiles Davis/Relaxin'のレコードがかかりました。そして、Miles Davisのレコードを2枚続けて聴きました。自分の家のスピーカーで聴くMiles Davisのトランペットは、悲しいかな、枯れた音しかしないのです。それは、大音量を出せないという理由だけでないと思いました。

 ベイシーで聴くMiles Davisのトランペットの音は、生々しいのです。枯れていないのです。私もこういう音を出したいのです。 ドラムやピアノの基音はどこまでも深く低く伸びていました。カッチリとした硬質感のある音が、ドラムやブラス楽器の実在感を与えているのだと思います。こういう音は、ソフトドームツイーターのスピーカーからは出ないのではないかと思わせる音です。優しい表現とは違う音だと思います。

 続いてJohn Coltraneのレコードがかかります。席からはアルバムのタイトルが見えませんでした。力強く、美しいColtraneのサックスの音が胸を打ちます。Jazzとはなんと素晴らしい音楽なんだと感じました。この蔵の中では外の様子は分からないのですが、そろそろ日が沈む頃でした。このベイシーでは、ますます音が良くなって、音量は上がっているように感じました。音が混沌としていき、うねるようで、力強く、強靱なリズムに、止まらない走り続けるような音楽といった感じでしょうか。

 コーヒー一杯で随分と長居してしまったと思い、店を出ようとしたところ、大勢の人が店内に入って来ました。そして丸テーブルに腰掛ける御仁の姿を見ると、そこには坂田明先生がいらっしゃいました。店終いの後には何が始まるのでしょう。気になります。

(2008年03月07日)

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